労働者性が逆転認定された

地裁判決と控訴審判決での、最も大きな違いは労働者性が認められた事。

控訴審判決の10ページから始まります(アップしてるPDFでは2ページ目から)。

「まず、使用者が被控訴人 であるか否かはひとまず措き、控訴人が、倉庫作業において、労働基準法及び労働契約法令上の労働者に当たるか否か検討する。」から始まっている。

この考え方は、控訴理由書で主張した考え方が採用されたものだろう。

~控訴理由書より~

・・・厳密に言えば、この「争点」は2段階に分けて理解される必要がある。すなわち、第一の論点は「控訴人は、労働契約法及び労働基準法の適用対象たる『労働者』であるか否か」であり、第二は「仮に控訴人が労働者であるとして、その労働契約の一方当事者たる『使用者』は被控訴人であるか否か」である。

として、労働者派遣法の施行以降の使用者の監督する場所以外の場所で就労するような複雑な関係が有る場合には区別する事が不可欠であると(委任してる弁護士が)示唆した。

次に「上記各法律上の労働者とは、使用者による指揮監督下において労務を提供し、当該労務提供の対価(賃金)を受ける者をいうと解される」(10ページ第1段落3行目~)とつづく。

まずは条文を確認てみましょう。

労基法 第九条(定義)“この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

同 十一条 この法律で賃金とは、賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう。

労契法 第二条(定義)この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

このように条文上は同じ文言ではある(労契法に賃金の定義は無いようです)が、厳密には異なると解する説(西谷敏氏等)と、同一だと解する説(菅野和夫氏等)があるようだけど、大阪高裁は区別して無いので同一説って事のようです。

まあ、どっちでも良いっちゃあ、どっちでも良いように思いますが、異なるとした場合、各々を個別に検討しなけりゃならない事になっちまうんじゃないのかな。労契法が判例の蓄積を明文化した法律だとの認識からは、労基法以外の労働者との定義の違い(労基法の労働者と、労組法の労働者が異なる事等)を含有するか否かは学説としては面白い視点だとは感じる。が、実務上、私的には、労契法は労基法2条及び同2を詳細に記した労基法を補充する特別法だと考えている。

そもそも労働者とは何だ?~労働基準法研究会報告

大阪高裁は、労基法及び労契法の労働者の要件として(10ページ第2段落2行目後半~)

1.「倉庫作業の内容や遂行方法について、訴外Bらから指示を受けその指揮監督に服していたものであり」、2.「業務遂行における時間及び場所についても訴外Bらの指示により、午後8時から翌日午前8時まで豊中倉庫において就労すると定められ、業務遂行における時間及び場所の拘束を受けていたものである。」、3.「控訴人は、倉庫作業において、自己の所有する機械や部品を使用することもなく」、4.「報酬も時給計算されており一定時間労務を提供したことに対する対価といえるものであった。」

と判示している。

この要件の根拠は記されていないが、昭和60年の労働基準法研究会報告(労働基準法の「労働者」の判断基準について)@厚労省サイト内PDF)を踏襲しているものと思える。もちろん各行政庁に対しても、一審でも主張していたもので、各行政庁は認容した。一審では事実認定に異論は無いものの、全く逆の評価をしていた。ちなみに被控訴人は昭和60年なんて大昔の基準が通用するのはおかしいなんて事を行政庁でも裁判所でも述べていたが、まだまだ現役だって事は間違いなさそうです。

判示はさらに続く、労働者性を否定する要素として(10ページ4段落~)

控訴人が豊中倉庫にいるときに倉庫作業以外のことを自由に行えたとか、倉庫作業を行わせるために他の者を雇ったり、他の者に業務を委託する事が許されていたという

このような相手方の主張を一蹴している。

労働者性を否定する要素~雇用と請負の違い

そして、とても不思議な締め方をしている(11ページ4行目~)。

控訴人において、倉庫作業の勤務時間を変更することや控訴人の代わりの者に倉庫作業を行わせることが可能であったとしても、それらは上記各法律上の労働者であることと必ずしも矛盾するものではないから、これらの事実は上記認定を左右しない。

さっぱり訳が解らない、倉庫内のシフトの調整により勤務時間を変更することは不可能とは言えない。しかし他の者に作業を行わせる事は部下でも居ない限り無理じゃないのか。それとも任意またはシフト上の休日の事を指してるのだろうか。文脈から考えると控訴人の自由な意思と裁量により他の者に作業を行わせる事が出来るか否かだと理解しているが、一般的な労働者に、そんな事が許されるとは考えられないのだ。

ここで対比されるのは請負と雇用との区別のはずだ。少なくとも被控訴人は請負契約だとの論理から(10ページ4段落~)

控訴人が豊中倉庫にいるときでも倉庫作業以外のことを自由に行えたし、倉庫作業を行わせるために他の者を雇ったり、他の者に業務を委託する事も認められていた。

と主張している。

請負の場合、他の者に該当する範囲に制限は無い。配偶者だろうが、友人だろうが、子供だろうが、何でもありってのが原則じゃないだろうか。しかし雇用、つまり労働者が他の者を雇ったりする事は法律的に不可能だし、上記したとおり使用者が設定した部下以外に当人の自由な意思と裁量で仕事を代替させる事ができると大阪高裁は言うのだろうか。(まあ、「部下」って言葉自体が法規上明文されてないけど、使用者の指揮命令の下で、一部の範囲の指示監督権を統括的に委任されたって事になるのだろうか)

いずれにしても、事実の認定に争いは無い。その争いの無い事実のどこを採用するのか、どのように評価するのか、それをどの法規に当てはめるのか、そんな部分の支離滅裂な文言が、この後に炸裂する。